見えない存在の心強さ
3月15日は、母の命日です。
その日はお寺の納骨堂で、お経をあげてもらいました。 そして、分骨して持っていた母のお骨も仏壇に納めてきました。
母は2022年に、父は2023年に亡くなり、実家は売却し、 仏壇は弟が見てくれることになりました。
弟よ、よく見てくれるようになった。ありがとう。感謝しかありません。
弟は飛行機で行く場所に住んでいるため、私は仏壇にお参りできません。 私は何かあったらお寺の納骨堂に拝みに行っています。 続けて両親を亡くしたあの頃、 心の整理がつかなく、何もする気がなく、心にぽっかり穴が開いていました。 寄りかかっていた支えの棒がなくなりすっころんでしまった感覚でした。 棒って大切なんですね。
親が亡くなるって誰もが経験することかもしれないけど、 経験ってほんとに想像を超えます。
それでも、ナースとして老人施設で働いていました。 ただ、同僚のナースとウマが合わず、一緒に働いていても孤独でした。 同僚の理解できない行動にどうしてこんなことするのだろうと、悶々としていました。 そう思うだけで、眠れなくなってきて重たいからだが鉛のようになっていきました。
そして、姑の介護をきっかけに退職したのです。
一時はすっきりしたように感じましたが、悶々とした感覚は全く変わらなかったんです。 そのころ私は、、、
気づくといつも「お母さーん」と叫んでいました。
何をしてても叫んでました。 両親・実家がなくなった空虚、同僚の行動がわからなくなった空虚。 人の心を知りたいと、心理カウンセリングの門をたたいたのです。
心に寄り添う ってよく聞きますよね? 看護の世界でもよく聞きます。 でも、心理カウンセリングを学んで、今までと次元が違う「寄り添う」っていうことに気づき、 本当に考えさせられました。
人の気持ちは簡単にはわかりません。
人が悩むとき、なんでこんなことに悩んでいるのだろうと自分でも分からないことがあると思います。 その分からない部分(無意識の奥底)に鍵があるのかもしれません。 その鍵がなかなか見つからないからこそ、心理カウンセリングがあるような気がします。 カウンセラーは鍵を見つけるのではなく、一緒に探しに行くのです。 一緒に鍵を見つけて、悩んででいる方が自分で鍵を開けるのです。 その鍵を開けた先のすばらしさを私は経験しました。 カウンセラーはそのお手伝いなんだと私は思っています。 自論です。 私はカウンセリングをするとき、 心から心して心に寄り添っていこう と誓っています。 カウンセリングしてもらったお陰で、 私はあんなに嫌だった同僚のことはあまり気にならなくなりました。
母のことに戻ります。 母は今でも恋しいです。 いつでも会いたいです。 ただ気持ちが変わったのは、お骨に母は居ないってこと。 誰かが、 「お墓の前で泣かないでください。そこに私は居ません~♪」と歌っていたり、 「お骨はただのカルシウム」と言っている人もいます。 そうです。 母はいつも私の心の中にいるのです。 今やっと、そう思えるようになってきました。 多分、 また悲しい波が来ることもあると思うけど、 その時は、また存分悲しもうと思います。
そしてもうすぐお彼岸。 この世とあの世が最も近づくそうです。 亡くなった愛しい方を身近に感じるかもしれませんよ。
「大丈夫」あなたは一人じゃない